欲しがりなくちびる
「なによ? そんなに笑わなくてもいいでしょ。一応、断っておいたほうがいいかなって思っただけなんだから」

「子供の頃、さんざん一緒に風呂入ってただろ。今さら大人になったからってそんなこと言われると、何かウケる」

浩輔は言いながら、仰向けにしていた体勢から寝返りを打ち朔に背中を向ける。

その様子に、拒絶されたような気がして、ふいに胸の真ん中にぽっかりと穴が空いたような寂しさを感じてしまったが、それは朔に対する配慮なのだと分かっている。

こうして浩輔の背中を見るのは何年ぶりだろうと、朔は胸の内で呟く。

「楽しかったよね、子供の頃は。浩輔といると何やっても楽しくて、いつも笑ってた気がする」

「ガキは何やっても面白がるからな。知らないことが多すぎて、素直に何にでも興味持ってさ……」

浩輔が思い出している子供時代は、朔のそれと同じなのだろうかとなぜかふと気に掛かったが、それもすぐに通り過ぎていく。

「……浩輔? 寝たの?」

彼の背中が上下するのに合わせ、深夜の静けさに紛れ込むようにして僅かに寝息が聞こえてくる。

子供の頃、怖い夢を見て目が覚めても、近くで寝息が聞こえると安心してまたすぐに眠れた。安らかな人の息遣いは、今でも無条件にささやかな幸せを朔に与えてくれる。
 
急に眠気が差してきて、浩輔の呼吸に合わせるように深く息を吸い込めば、そのまま眠りに落ちていた。

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