欲しがりなくちびる
「ん……っ」

夜会巻きにしていたはずの髪が一筋落ちてきて、朔の頬をくすぐる。

重たい瞼をゆっくり押し上げると、いつの間にかベッドでうつ伏せに横たわっていた。ワンピースも脱がされて、シルク素材のスリップ一枚だけを身につけている。

「浩輔……? 帰ってたんだ……」

「ああ。さっきね」 

髪を纏めるために後頭部に差した幾つものヘアピンを、浩輔が器用な指先で外してくれているのが分かった。

その度に、零れ落ちてくる柔らかな髪が肩や背中を擽っている。

「今日は何かあったのか? 初めて見る格好してた」

何かあったのは浩輔も同じでしょう? 朔はそう言いたかったけれど、やっぱり言わないことにした。

「うん。ちょっと嬉しい事があったんだ。浩輔は……?」

「ああ。俺もちょっと良い事あったよ」

「そっか」

「うん」

「よかったね」

「ああ。おまえもな」

やっぱり何も気付いてない浩輔に心の中でくすりと笑ってから、朔は仰向けに寝返りを打って彼を見上げる。

ステージ上で人目を惹き付けた営業スマイルはもうそこにはなかったけれど、いつも通りの無表情なその顔が何より魅力的に映るのだから仕方がない。

あと少ししたら、浩輔のその眼差しが朔にだけに寄せる優しくて切ないものに変わることを知っている。

こうして彼の頬に手を伸ばせば、朔よりずっと大きな手のひらで包み込んで身体を引き寄せる。

甘い口づけはゆっくりと情熱的なものへと変化していくと、淫靡な微笑を湛えながら朔を快感に震え上がらせる。

その瞳にぞくぞくと身体を震わせて嬌声を上げれば、浩輔は端正に整った顔を切なげに歪める。

絶対的な快感を注ぎ込みながら、自分は無表情に見つめているのだとばかり思っていた彼の些細な感情の移ろいに気付いたのはいつ頃だったのだろう。

浩輔はずっと昔から朔を慕う理由に気付いていたというのに、彼はずっと行き場のない想いに苦しんでいたのに、その頃の朔はといえば、は見込みのない片想いをして悲恋に酔っていた。浩輔が傍にいてくれたからこそ成立した片想いだったのだと、当時は呑気にそんなことを思っていた。

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