欲しがりなくちびる
何年か振りに、二人して一緒に帰省すると両親は本当に驚いて、何とも表現し難い顔をして迎えた。

実家で一緒に暮らしていた頃の朔と浩輔は、両親の前ではあまり話すこともしていなかったから、本当に仲が良くないのだとこれまで思っていたらしい。

浩輔の母親はすぐに嬉しそうに微笑んで祝福の言葉を掛けてくれたが、朔の父親はあれほど早く結婚しろと言っていたというのに、順序が逆だったのが許せなかったのか、母親の目の前で怒り任せに浩輔を一発殴った。

どうしようもない人だと思ったけれど、それが娘を持つ父親の当然の心境だと浩輔は何度も頭を下げていた。

そんな父親にもお母さんにも、当然のことながら、もっと昔からそういうことしてました、なんて言えるはずもない。

職場に復帰したとき自分のポジションがなくなっている事が怖くて産休を取ることに戸惑った朔ではあったが、思い切って一年休むことにした。

勤め先は再雇用制度があるから出産を機に辞めてもいいかなと頭を過ったけれど、仕事人間である朔には、社会との繋がりを切ることを決断できなかった。

浩輔や子供一人をぎりぎり養えるくらいには稼いでいたから、復帰後は浩輔には絵に専念して欲しいのに彼の方にその気が全くないものだからどうしようもない。

朔はどちらか稼げばそれでいいと思っているが、浩輔は自分の稼ぎで家族を養いたいと言う。

その手段が絵であってもいいはずなのに、浮き沈みの激しい世界に身を置いてはそれもいつできなくなるか分からないと頑なだ。

浩輔にここまで男気があるとは思わなかったけれど、朔は何だかとても愛されている気がして嬉しかった。

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