欲しがりなくちびる
ようやく眠ってくれた赤ん坊の傍でつい転寝していると、帰宅した浩輔が忍び足で部屋に入ってくるのが分かった。

朔はうとうとしながらも瞼を開けば、浩輔はベビーベッドですやすやと眠る我が子の顔を満足そうに眺めている。

そこにいるのは、浩輔の幼い頃によく似た可愛い男の子だ。

妊娠が分かって、朔は男の子だったらいいと思ったけれど、浩輔は彼女に似た女の子だったらいいと言った。

結局元気に産まれてきてくれたらそれでいいよねって話に収まるのだけど、子供の名前は男女それぞれ準備はしていた。

朔は職場復帰を半年後に控え、会社からも調整の電話が掛かってきている。

けれども朔は、、浩輔の為に早く女の子を産んであげたいとも思っていて心が少し揺れている。

子煩悩な浩輔は時間が許す限り育児を手伝ってくれるし、朔が疲れ果てて家事にまで手が回らないときは何も言わずにやってくれる。

出産の痛みと苦しみはもう二度と経験したくないと本気で思いながらも、このままの勢いで二人目ができて一度に育児が終わった方が一石二鳥にも三鳥にもなるような気がしないでもない。

浩輔が赤ん坊から朔へと視線を移すのが分かって、思わず寝たふりをする。

「朔、……朔、眠ってる……?」

穏やかな優しい声で彼女名前を囁く浩輔は、呼びながらそっと髪を撫でている。

本当は眠ってなんかいないけれど、その手があまりに気持ちがいいから、まだ少しこのままでいたい。

今日は夕食の支度も済んでいるし、掃除も完璧にしてあるし、何も慌てることはない。

ああでも、浩輔はお腹が空いているかなと思い直して朔が眼を開けようと思ったら、額に柔らかい感触を感じて、それが浩輔の唇だとすぐに分かる。

彼の唇は、瞼に、頬に、優しく降ってきて、最後にそっと唇に触れた。

もうずっと、お洒落もメイクもろくにしていない朔なのに、変わらず女として扱ってくれるのが嬉しい。

本当はもっと浩輔に触れられたいし抱き合いたいのに、一日が終わる頃にはそこまでの体力が残ってないのが歯痒い。

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