欲しがりなくちびる
「と、とりあえず、お布団買ってリビングで寝るよ。寝る時以外は端に寄せとくし! あー、でも、本当ありがと、浩輔。婚約者に浮気されたあげく寝床もないなんて目も当てられないもんね」

ははははーと、朔は何となく頬を掻きながら浩輔を窺う。彼があまりにもじっと見つめてくるので、つい作り笑いをしてしまった。けれども、それがやけに空々しく響いて、あっという間に息が吐けないほど切なくなってしまう。 

「んー……。やっぱ、俺の美意識が許さないからリビングは却下。玄関入ってすぐのところに納戸あったろ。狭いけどそこ朔にやるよ。明日片付けておいてやるから、一先ず、今夜も俺と一緒でいいだろ」
 
「え? でも……」

朔は思わず、ぽかんと口を開く。今夜も浩輔とベッドで一緒に眠る事を躊躇ってしまった訳ではない。承諾もないまま転がり込んできた自分に納戸といえども独立した部屋を与えてもらえるとは思ってもみなかった。ただ浩輔は、前者の理由だと思ったようだった。 

「昨日だって一緒に寝たんだから、一度も二度も同じだろ」

朔が浩輔に押し切られるようにして頷くと、彼はふっと優しさを溢したような笑顔になる。

「朔、明日休み? これから飲み行かね?」

シフト勤務の彼女だが、明日は月に一回取れる土曜休みだった。暢と式場探しに行く約束をしていたが、このような状況となっては、さすがに暢も明日はキャンセルだと思っているだろう。朔は、二つ返事で頷く。

「歓迎会してやるよ」

浩輔はそう続けながら寝室へ向かうと、ものの一分もしないうちにスーツ姿からデニムにTシャツのラフな格好に着替えて戻ってくる。

浩輔は、高校生の時には既に筋肉質な身体をしていたけれど着痩せするタイプだった。今もそれは変わらず、背が高いせいで余計華奢に見える身体も、こうして半袖から覗く二の腕は服の上からでは想像できないほど逞しい。彼の筋肉は盛り上がるタイプではなく、硬く削ぎ落とされたように引き締まっているのが特徴的だ。

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