欲しがりなくちびる
「ほら取れた」

浩輔は抜け落ちた睫毛を朔に見せると、それを払ってジョッキへと手を伸ばした。

「――朔?」

「あ! でも私、浩輔が描く絵ずっと好きだったから、また絵と関わる仕事してるの、なんか嬉しいな」

上げかけた腕を止めて不思議そうな顔をして覗き込んでくる浩輔にはっとして、取り繕うように慌てて口を開く。話しているうちに昔の事が蘇ってきて、懐かしさのあまり、気付けばそれまで内緒にしていたことを打ち明けていた。

「……実はね。高校卒業する少し前に、どうしても浩輔が描いたの見てみたくなって、一度だけ部屋に忍び込んだんだ。ほら、白い羽を背中に生やした少女の絵! 他の絵もみんな素敵だったけど、その絵だけなんていうか、心を揺さぶられるっていうか、目を見張るっていうの? 彼女の持つ情熱的な部分とか、逆に、傍に寄り添っていてあげたくなるような儚さとかが、こう、ぶわーっと押し寄せてくるみたいで。でも、吸い込まれるような感じもするの。私、あの絵が一番好きだったな」


ねぇ。なんで描いた絵、見せてくれなくなったの?


そう尋ねれば、浩輔は不快感を露わにひと睨みすると、ちょうど通りかかった店員を呼び止めメニュー表を指差し、‘季節野菜のテリーヌ’と中ジョッキ2つを追加する。

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