欲しがりなくちびる
「さりげなく話変えんなよ。時効だと思って話したのかもしんねーけど、まだ有効だから、それ」

普段から愛想の悪い浩輔が不機嫌そうにする姿は、恐らく本人が思っている以上に相手に威圧感を与える。オーダーを取ったまだ高校生らしい男子店員が朔以上に顔を引き攣らせていたことに気付いているのだろうか。

「食いたかったんだろ?」

浩輔はメニュー表を閉じながら暗に隣席をちらりと見遣る。‘季節野菜のテリーヌ’は、その彩りの良さに先程メニュー表で朔が思わずチェックしてしまった一品だ。

彼が醸し出す居心地の悪い空気はまだ微かに漂っていた為、朔はそれに頷くだけにしておく。本当は些細なことに気付いてくれたことが嬉しかったが同じくらいに驚きもした。

相変わらずよく分からない男だと、改めて朔は思う。

「――ばーか」

何の前触れもなく浩輔の口から出た言葉に目を点にすると、彼は「顔、泣きそうになってんぞ」と続ける。

朔は思わず下唇を噛んで、誰のせいだと問いたいところをぐっと我慢する。浩輔の無愛想さは会わずにいた数年の間にますます磨きが掛かっていて、それを哀愁を浮かべて微笑ましく思えるほどには、まだ二人の時間は巻き戻されていない。

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