欲しがりなくちびる
「朔って昔からそうだよな。泣き虫のくせして気が強くて、人前で弱いとこ見せらんなくて。素直じゃない女に幸せは来ねーよ」

頬杖をつき、小さくふっと苦笑を漏らす浩輔の口元はやけに色気を湛えている。

「な……っ? うっさいわね! 女も27年やってると、可愛げなんてなくなっちゃうの!」

軽薄な笑みを口元に浮かべる浩輔の姿にぎくりと脈打つ心臓の音を隠す様に、朔はあたかも昨晩の手負いを揶揄する様な言い方をする。勿論、傷心に追い打ちを掛けるように言われ、いくら相手が浩輔とはいえ勘に障ったというのもある。

「分かってないな。そうやって突っ張ってる姿って、男には結構可愛いもんなのに」

あからさまに不貞腐れて、デリカシーがないヤツ、と腹を立ててみせると、今度は甘やかすような事を言ってふいに目元に優しい笑みを浮かべる浩輔の考えている事が理解できず、朔は胸の内でひとつ溜息を吐くと、気持ちを立て直そうと箸置きに置いた箸へと手を伸ばす。

――おまえはそうやって、いつまでも何にも気付かないでいくんだよな。

「……えっ?」

確かに浩輔の声が聞こえた気がして、数瞬その言葉の意味を考えてから顔を上げれば、彼は何食わぬ顔で「どうした?」と首を捻るだけだった。彼はそのまま流れる様な仕草の一連で煙草を咥えると先端に火を点ける。一服したところで運ばれてきた生ビールを朔の前に置くと、代わりに飲み残しのグラスを店員に渡す。

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