欲しがりなくちびる
まるで宝石箱をひっくり返した様に、きらきらして色取り取りのどれも可愛らしいケーキが並べられたショーケースを目の前にして、朔は現金なまでにすっかり機嫌を取り戻した。帰り途、気付けば鼻歌を歌っている。

「ケーキ片手に家に帰るってさ、それだけで幸せな構図だと思わない?」

「そうか?」

「そうだよ。玄関のドアを開けると、待っていた家族がわーってやってきて」

「その手からケーキの箱を取り上げると、潮が引くみたいに去っていくんだろ」

幸せな家庭を想像していたところに浩輔の邪魔が入って、ふわふわした気持ちがあっという間に萎んでいく。

「……なんでそうなるのよ?」

思わず苦虫を噛みつぶした顔して彼を見れば、悪びれずに続ける。 

「だって、そうだろ? ケーキなんて子供の機嫌を窺うときとか、後ろめたいことした後のお詫びみたいなもんだろ。世の中の親父たちはむしろ、そういう使い方をしてると思うけど」

確かにそれも一理あるかもしれない。朔の父親がまだ小さな彼女にケーキを買ってくるのは、決まったように長期出張で家を空けた後だった。けれども、朔の脳裏に強く刻まれているのは、誕生日やクリスマスの度に用意してくれたフルーツたっぷりの大きな生ケーキだ。大人になった今でもたまに懐かしくなる味は、仕事で留守がちだった父親と朔とを結ぶ数少ない記憶だ。

「じゃあ、恋人のためにケーキを買って帰るのは?」

「それは、嬉しそうな顔が見たいから、とか……?」

浩輔は少し首を捻りながら疑問形で答える。朔はふいに彼の手にぶら下がる小さな紙袋にちらりと視線を向ける。

「だったら、今浩輔が持ってるそれは何になるの?」

「……なんだろな」

「もうっ!」

訝しげに目を細める様子に、朔は大きな溜息を吐く。

「旨けりゃなんでもいいんだよ」

浩輔は投げやりだ。けれども、その表情は柔らかく優しく目元を細める。

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