欲しがりなくちびる
もう夕方だというのに、気持ちがいいくらいに雲ひとつない真っ青な空がどこまでも広がっている。

そんな空を仰いでふと切なさを感じてしまうのは、心が傷付いているせいなのだろうか。

わずかな命を与えられた蝉たちが、どこか遠くで、生を振り絞るようにして鳴いていた。


「朔さ、あれ覚えてる? かげおくり」

浩輔はふいに足を止めると空を仰いだ。

「あぁ。自分の影を見つめて十秒数えて空を見上げると、空にも同じ影が写って見える遊びのこと?」

それはまだ子供だった頃、浩輔のマンションの屋上で二人がよくやった遊びだ。瞼の裏に残る残像が、空にくっきり浮かぶのだ。

「そう、それ。綺麗に見えそうな空だよな」

朔もとなりで歩みを止めて、大空を見上げる。

「子供の頃、よくしたね。でも、残念ながら影がない」

「ないな」

「ないね」

二人の会話は、そこでぷつりと途絶える。マンションまでの道のりを並んで歩いた。

< 48 / 172 >

この作品をシェア

pagetop