欲しがりなくちびる
朔は、ぼんやりと薄暗い部屋を見つめていた。

帰宅からどれくらいの時間が経ったのだろう。照明を点けず、レースカーテンを閉めただけのリビングのソファに横たわっている。

どちらが先に手を差し伸べたのか、何がきっかけだったのか、いくら考えてみてもやっぱり分からないままでいる。

ケーキ片手に二人して部屋に帰ると、室内は恐ろしいほどの熱気が漂っていた。窓を開けて空気の入れ替えをした後エアコンをつけて、ケーキを食べる準備に移る。コーヒーサーバーのお湯が沸くとドリップコーヒーを入れる。ケーキをきちんと小皿に移してテーブルに運ぶ。朔と浩輔は、自然とそれを分担して行っていた。

何がきっかけだったのかも分からない。

すっかり冷えた室内、反する様に上昇していく肌との温度差のなかで取り留めもなくコントロールを失っていく。たまに浩輔が「朔」と呼ぶ声が聞こえたような気もするけれど、よくは覚えていない。

どちらともなく近付けた唇が触れると、そこから先は雪崩のように押し寄せてくる快楽に身を委ねるしかなかった。

朔は、今まで聞いたことがないほどの快感からくる自分の悲鳴を何度も耳にした。突き抜ける絶頂に幾度も涙を溢した。けれども、浩輔の表情は終始変わることはなく、彼女がぐたぐたに乱れていく様子をじっと見つめていた。圧倒的な法悦を与えながら、自分はどこまでも平静でいる浩輔との距離は今も昔も変わらない。

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