欲しがりなくちびる
バスアロマを湯船に落とすと、カプセルから溶け出したローズの甘い香りが浴室を満たしていく。

朔は、湯船の縁に突っ伏してぼんやりする。

浩輔は、高校時代も情事が終わるとすぐにベッドを離れて、細く開けた窓の隙間で煙草を吸っていた。遠くを見つめるその横顔に、本当は全ての窓を開け放ち空気を丸ごとごっそり入れ替えるように、今この瞬間さえ、消えてなくなればいいと望んでいるのではないかと窺ったこともあった。

彼が見つめる先のその視線の意味は恋人に対する罪悪感だったのか、義理の姉との意義を持たないセックスに対する自己否定だったのかは分からない。

浩輔は一本の煙草を吸い終わるまでの間、なんともいえず切ない顔を見せた。

朔はその度に、彼を追い詰めている自分を責めたりもしたが、息を呑むほどに美しいその横顔に見惚れて結局何も言うことはできなかった。憂鬱で淫靡な視線は儚げでありながら芯の強さもあって、相反するその表情はいつも無意識に朔の眼を釘付けにしていた。


お風呂から上がってリビングへ行くと、浩輔は夕食の支度をしていた。

ちょうど盛り付けが終わったらしく、カウンターにはきれいに盛り付けられたプレートが2つ用意されていた。今夜のメニューは、キーマカレーにグリーンサラダ、コンソメスープの三品だった。カレーのスパイシーな香りが食欲をそそって腹の虫が動き出す。

席に着いた浩輔と朔は、何事もなかったようにテーブルを囲む。

時折、テレビのバラエティ番組に突っ込みを入れたりしながら、もうずっとこうして過ごしてきたかのような穏やかな時間が流れていた。
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