欲しがりなくちびる
「朔?」

暫くしてからドアが開く音とともに浩輔に呼ばれて、思い出したように涙を拭う。散々強がりを言っていた手前、情けない姿は見られたくなかった。

「おまえ本当に馬鹿だな」

「それちょっと失礼じゃない?」

朔が俯いたままでいると頭上から浩輔の呆れた声が降ってきて、思わず虚勢を張る。意地を張る必要はないのに、気付けば不機嫌そうな声を出して威嚇していた。

「俺、昔からおまえの涙に弱いんだ……」

ふいに柔らかな声色が降ってきて、朔の胸はドキンと大きく鼓動する。可愛げのない態度を取ったというのに、まるで堪えていないようにキザなセリフをさらりと言ってくる浩輔に、ますます顔を上げるタイミングを逃してしまう。

そのまま両膝を抱えて蹲っている朔の爪先のちょっと先に、浩輔の裸足の爪先が向い合せに止まる。一瞬大きな影ができたと思ったのは彼が屈んだからだった。

そっと伸びてきた浩輔の大きな手のひらが頬に触れて、朔は視線を上げる。すぐに重なったきた弾力のある唇は、労わるように何度か軽いキスをする。触れるだけだった口づけは徐々に熱を帯びていき、浩輔が朔の後頭部をしっかりと抱き寄せた頃には、朔の腕も彼の首の後ろに絡まるようにして回っていた。

昔から不思議だった。浩輔の唇から伝わる唾液は甘い蜜のようで、舌先に感じた途端に朔の頭の芯を痺れさせる。
 
心地よい強さで抱き締めてくる浩輔からは、シャンプーの香りに混じって懐かしい陽だまりの匂いがする。それは子供の頃とちっとも変わっていなくて、安心感からか朔の涙腺は再び緩んだ。

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