欲しがりなくちびる
暢の母親から連絡がきたのは、そんなある日のことだった。

彼女とはなぜか馬が合って、暢と付き合って半年が経った頃に紹介されて以来、付かず離れずといった調子で連絡を取り合っていた。

共通の接点であるはずの暢を除いて二人で食事をすることもあったし、一緒にいると親子に間違えられるほど、傍から見るとどこか似ているところがあるようだった。

暢の家は母子家庭で、今でこそ彼女は社長という立場だが、暢の子供時代は大変貧しくて一日の食事が給食だけだったことも一度や二度のことではなかったという。

父親は気が荒く飲んだ暮れの女好きで、母子は毎日怯えるような生活を送っていたらしい。

それが、暢が高校に入学したころ父親の死で生活は一変し、保険金の中から借金を返済して残った僅かな金を元手に小さな飲食店を始めたところ予想以上に繁盛して、今では三店舗にまで広げているという。

現在も指導がてら店に立つという彼女は、そんな過去があったとは思えないほど可憐で、清楚という言葉がぴったりと当て嵌まる様な人だった。

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