欲しがりなくちびる
「いいえ。今回のことは暢が100%悪いわ。自分の母親がそれで散々泣かされてきたのを見て育ちながら同じことをするなんて、私もほとほと呆れたの。しかもこれから結婚しようという時によ。死んだ夫でさえ、結婚して二、三年は大人しくしていたっていうのに。何があったにせよ、許されることじゃないわ」

昂りを抑えるように深く細い溜息を吐く彼女の眉間に、薄らと皺が寄る。これだけ自分の息子を悪く言っているというのに、言えば言うほど愛情が見え隠れするようだった。

朔とも少なからず付き合いがあったため、我が子を悪者にすることで慰めようとしてくれているのは分かった。息子の婚約者を立てることを忘れない彼女を、よくできた人だと朔はどこか冷静に思う。

「ねぇ、朔ちゃん。私ね、あなたのこと、実の娘のように思っていたのよ。あなたって本当に可愛らしいんですもの。だから、できればこれからも仲良くしていきたいと思っているの。勿論、許せない気持ちも分かるわ。私も毎日が本当に苦しかったから……。きっと若かったから尚更ね。貧乏は我慢できても、それだけは許せなかった。今でも、そんな男は死んでしまえって本気で思っているわ。

 でも……。でもね。少しでもまだ可能性があるのなら、暢に一度だけチャンスをあげてはくれないかしら……? 親馬鹿なのは分かっているわ。言ってて自分でもどうかしてると思うのもの。でもあの子、……すっかり痩せてしまって、見ていられないの。ごめんなさい、馬鹿な母親で。でも、あなたのように素敵な女性には、うちの息子なんてもう二度と出逢えないと思うから」

< 70 / 172 >

この作品をシェア

pagetop