欲しがりなくちびる
逸る気持ちでタクシーを拾うと、浩輔が待つマンションへと心が急く。彼の顔が見たくて、ただそれだけしか考えられなかった。

「浩輔っ!」

朔は、玄関ドアを開けるとヒールを脱ぎ散らかしたまま、灯りが零れるリビングのガラス戸に手を掛けようとしてはっとする。

後退りして、恐る恐るバスルームのドアを開ければ、正面の鏡には、着衣が乱れ髪がぼさぼさになった女が虚ろな目をしてこちらを見ていた。

「朔? どうした?」

浩輔の声に、まるで武者震いのように途端に身体が震え出す。

「な、なんでもないからっ!」

小刻みに震える手で辛うじてドアを閉めたのはいいけれど、爪がかちかち音を鳴らすだけで鍵が上手く掛けられない。

ふいに全身から力が抜けてその場に崩れ落ちると、朔はここまで気力だけで帰ってきたことに気が付いた。今になって、身体のあちこちに痛みを感じ始める。暢に抵抗した時にぶつけたのだろう。何度か起き上がろうとしたものの力が入らない。

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