欲しがりなくちびる
「相手は……いや、いい。病院行くか……?」

朔の髪を撫でながら窺うように優しい声を出す浩輔に、彼女は首を横に振る。

「じゃあ、何か旨いもんでも作っといてやるから、シャワー浴びてこいよ。顔がぐちゃぐちゃだ」

浩輔は言うと、もう一度だけ朔の髪を撫でてから洗面所を後にした。

相手が誰であるか、何があったのか、浩輔が全て理解しただろうことを朔は察した。

身体は減るものじゃない、それが持論だった。けれども、一生を賭けてもいいと思えた相手からこんな仕打ちを受けるまで、まるで自分の価値を分かっていなかった。もっと大切にするべきだったのに、月並みに恋愛を重ねたいい大人だというのに、そんなことにも気付けずにいた。

できた痣に混じっていくつものキスマークが全身に赤々と散らばっている。暢はもとよりキスマークをつけるような事はしなかったのに。

彼だけが悪い訳じゃない。何でも正直に伝えれば良いというものではないのだ。ただ、自分の気持ちの在り処を言葉にすることで確認したかっただけだ。やり直したいと言ってくれた暢の気持ちを考えれば、その場で言うべきではなかった。彼を挑発したのは、紛れもなく自分自身だ。

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