欲しがりなくちびる
「あ、ごめんなさい。なんか本当に、私の中での画家というイメージと相馬さんの印象があまりにかけ離れていて、ちょっと驚いているだけです。女性が喜びそうなこともさらりと言えるなんて」
「いやぁ。……実は、娘がね、そういうこと教えてくれるんですよ。うちは家内を早くに亡くして、親一人子一人の生活が長くてね。娘ももう大きくなって、最近は私の心配をするんですよ。お父さんの介護はしたくないから、早く新しい奥さんを見つけてってね。本当、薄情者ですよ。自分に恋人ができた途端、これですから」
「ふふっ。楽しそうなご家庭ですね。……あ、ちょっとすみません」
バックの中の携帯が店からの着信を知らせ、朔は相馬に断りを入れて席を立つ。特に急ぎの用件でもなかった為、明日の出勤時に調整することにして電話を切った。
「すみませんでした。仕事の電話で」
「いえ。私の方こそ無理にお誘いしてしまったようで」
朔は、できるだけ人といる時には電話に出ないようにしている。掛けてきた相手が大切な恋人であれ、友人であれ、今目の前にいる相手をひどく裏切っているような気持ちになってしまうからだ。朔が詫びを入れれば、相馬は首を横に振った。
「そんなことありません。私、絵のことは分からないですけど、相馬さんのお話楽しかったですよ。あ、すみません。まだ名刺もお渡ししてなくって」
差し出された名刺を受け取った相馬は、「素敵なお名前ですね」と目尻を細めて微笑むと、伝票を手にする。
「またこうしてお話しましょう。私も今日はギャラリーに顔を出すと言ってあったので。それじゃあ、ここで」
慌てて財布を取り出そうとする朔をまあまあと言って押し留まらせ、初めて会った時のように軽く会釈をすると、彼は一人レジへと向かう。そのスマートなやり口に、トレンチコートの後ろ姿にひとつ微笑んで、朔も店を出ると地下鉄の階段を下った。
「いやぁ。……実は、娘がね、そういうこと教えてくれるんですよ。うちは家内を早くに亡くして、親一人子一人の生活が長くてね。娘ももう大きくなって、最近は私の心配をするんですよ。お父さんの介護はしたくないから、早く新しい奥さんを見つけてってね。本当、薄情者ですよ。自分に恋人ができた途端、これですから」
「ふふっ。楽しそうなご家庭ですね。……あ、ちょっとすみません」
バックの中の携帯が店からの着信を知らせ、朔は相馬に断りを入れて席を立つ。特に急ぎの用件でもなかった為、明日の出勤時に調整することにして電話を切った。
「すみませんでした。仕事の電話で」
「いえ。私の方こそ無理にお誘いしてしまったようで」
朔は、できるだけ人といる時には電話に出ないようにしている。掛けてきた相手が大切な恋人であれ、友人であれ、今目の前にいる相手をひどく裏切っているような気持ちになってしまうからだ。朔が詫びを入れれば、相馬は首を横に振った。
「そんなことありません。私、絵のことは分からないですけど、相馬さんのお話楽しかったですよ。あ、すみません。まだ名刺もお渡ししてなくって」
差し出された名刺を受け取った相馬は、「素敵なお名前ですね」と目尻を細めて微笑むと、伝票を手にする。
「またこうしてお話しましょう。私も今日はギャラリーに顔を出すと言ってあったので。それじゃあ、ここで」
慌てて財布を取り出そうとする朔をまあまあと言って押し留まらせ、初めて会った時のように軽く会釈をすると、彼は一人レジへと向かう。そのスマートなやり口に、トレンチコートの後ろ姿にひとつ微笑んで、朔も店を出ると地下鉄の階段を下った。