欲しがりなくちびる
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「あのね、朔ちゃん」

隣町の絵画教室。隣に座る真一君が耳打ちをする。

「なぁに?」

「誰にも言わない?」

「どうしたの?」

こくりと頷いて彼を覗き込めば、私の耳に手を当てて、子供特有の少し甲高い声を顰めて話し始めた。

「……僕ね、こないだ学校でね、僕のクラスのれいこ先生が廊下で転んだ時、ひらひらのスカートが捲れてね、すごいきれいだったの」

浩輔と朔は、絵画教室が始まる一時間前に教室に入り準備をする。
真一は、その頃にはもう鍵が開いていることを知っていて、いつも生徒の中で一番乗りしては自分で支度を始めて勝手に好きな絵を描き始める。

今日も二人が到着するとほぼ同時に教室へやってきて、決められた席で黙々とスケッチブックに向かっていた。

朔は、教材の支度をしている最中に何となく真一の絵を覗き込んだと同時に彼に掴まり、準備もまだだというのにそのまま隣に座る破目になった。

「それでね、僕、れいこ先生のスカートの中にきれいなものが見えたから探しにいったら、いい匂いがしてね。そしたらちんちんが熱くなったの。そしたら最初、先生は笑っていたのに、急に僕を怒ったんだ。子供なのに嫌らしい子ねって。僕、なんで怒られたの? 朔ちゃん、知ってる?」

今にも泣き出してしまいそうな真一君の声を聞きながら、朔は言葉に詰まってしまう。自分達が子供の頃、原始的でかつ一番大切なことを丁寧に教えてくれる大人は周囲にいなかった。

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