理屈抜きの恋
「ねえ、名前、教えてくれない?」

聞こえなかったのかと思ったのか、男性は距離を縮めて、さっきと同じように低く甘い声で名前を聞き直した。

「ねえ、聞こえている?名前教えて欲しいんだけど。」

身を屈めた時にふわりと香った柔らかく、どこか懐かしい香りに、痺れて動けずにいた身体に自由が戻った。

「あ、な、名前…ですね。か、書きますので、紙を下さいっ。ついでに私の方にも書いていただけませんか?」

近づかれた分、離れて、一気にそれだけ伝えると、男性は自身の顎に手を当て、少し悩むようにしてからまた1歩私に近づいてきた。

「ん~、とりあえず君の名前が知りたいんだけど。」

名前が知りたいとはどういうことだろう。
ゲームに参加しているのなら、名前を書いて欲しい、というのが決まり文句なのに。
不思議に思ったけど、ここはとりあえず名乗ることにする。

「私、神野撫子と言います。」

「君か…。」

「君か?」

その言い方が気になって「失礼ですが、どこかでお会いしていますか?」と聞いてみるけど、今度は2歩下がって全身を上から下まで見るだけで何も答えてくれない。
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