理屈抜きの恋
…が、広い。

エスカレーターは段々になっていて何階にいるのか分かりにくいし、似たような扉がいくつもあるから迷宮入りでもしたのかと錯覚してしまう。

ここはさっきも通ったかも、と思いつつ、横道へ入って行くこと3回目。
聞き覚えのある声が聞こえた気がして、親族控室と書かれた方に足を進める。

するとそこに最上くんがいた。

「あ、も…」

今日、自分の手で口を押えるのは2度目。
さっきは恥ずかしくて口を押えた。
でも、今は、声を出してはいけない状況だ。
おそらく口を押えなくても、声はそれ以上出なかったけど、とっさの行動なんてそんなもの。

音を立てないように後ろ歩きで退き、見えなくなったところで一気に走り出す。

そのせいで忘れていたはずの足の靴擦れが疼き始めた。

「ぃ痛っ!」

エスカレーターから一つ下の階に足を踏み出した瞬間、強烈な痛みが右足に走った。
正面玄関まではさらに降りないとたどり着かないのに。
でも、一度痛み出した踵に無理は効かず。
場所を少し移動して、痛む踵を見てみると、絆創膏に血が滲んでいた。
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