理屈抜きの恋
笑いそうになるのをなんとか堪え、姿勢を正し、きちんと向かい合う。

「撫子さんの事、本当に申し訳ありません。ずっと鼻声なのを気付いていたのに。」

「いいのよ。どうせ花粉症だとか言ったんでしょう。あの子、変に医療の知識があるから厄介でね。謝らなきゃいけないのはこちらの方だわ。ごめんなさいね。ご迷惑おかけしてしまって。お仕事に支障が出ないようにちゃんと言い聞かせます。」

「いえ、撫子さんは十分過ぎる位、仕事をしてくれています。会社の方は休んでも構いませんから、しっかり治して下さいとお伝え下さい。」


身体が少しだけ熱い事に気が付いたのは彼女の腰に触れて身体を自分の方へと引き寄せた時だ。
でもその時は具合が悪いだなんて思わなかった。
先日、マスクの上から頬に触れた時、耳を赤くした姿と同じなのだと解釈していた。
俺が振れることで熱を帯びるのだと思ったら、なんだか嬉しかったから。

でも今はそんな自分がどうしようもなく情けない。

手元にある彼女のスーツを見ても思う。

俺はやっぱり自分の事しか考えていない、と。

今日のパーティーに彼女を連れて行ったのは鵠沼が言った通り、女避けの理由があった。
でも、それが第一の理由ではない。

彼女とは毎日顔を突き合わせているのに、必要最低限のことしか話さない。
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