【長編】戦(イクサ)小早川秀秋篇
 皆、一瞬にして酔いが醒め身構
えた。
 恐怖で顔が引きつる家康。
(秀秋が何を……)
 秀秋は騎馬隊を停め、馬から降
りて、ひとり家康にゆっくりと近
づいてひざまずいた。
「家康様、まずは合戦の大勝利、
おめでとうございます。しかしな
がら、いまだ三成が逃亡して行方
が知れず、その追討と三成の居
城、佐和山城攻めの先鋒をこの秀
秋にお申しつけください」
 家康は戦いに遅刻した秀忠や諸
大名の気の緩みとは対照的な秀秋
のそつのない態度に涙を流して感
激した。
「秀秋殿、よくぞ申された。よろ
しく頼む」
 しかし心には不安が渦巻いてい
た。
(徳川家はいずれ、こいつに滅ぼ
される)
 秀秋は一礼して立つとすばやく
騎乗し、馬を走らせた。それに騎
馬隊も秀秋を守るようにつき従い
去って行った。
 あ然と見つめるしかない諸大
名。
 家康の目が企みの目に変わっ
た。
(あれが我が子ならばのぉ。ほし
いことよ。災いの芽は摘まねばな
るまい)
 
 近江、佐和山城に三成は近づく
こともできず逃亡を続けていた。
城には三成の留守を二千人の兵が
死を覚悟して守りぬこうと籠城し
ていた。
 秀秋は朽木元綱、脇坂安治など
の部隊と共に城壁に迫った。しか
し、籠城兵の防戦に小早川隊には
死傷者が続出した。
 小早川隊には関ヶ原の合戦が終
わった直後から不穏な動きをする
一団があった。それは家康から押
し付けられた浪人の中にいた家康
の家臣たちだった。その者らのこ
とを秀秋はうすうす感づいてい
た。そこでこの時とばかりにこの
一団を先鋒に選び城の石垣を登ら
せ死傷者をだすことになったの
だ。
 城は一日では陥落せず、二日目
の総攻撃に抵抗しきれなくなった
籠城兵が火を放ち、城は焼け落ち
た。
 やがて逃げていた三成も捕らえ
られ、六条河原で斬首にされた。
 天下を奪いあう動乱も家康が大
坂城に入ることで全てが終わっ
た。
< 122 / 138 >

この作品をシェア

pagetop