その唇に魔法をかけて、
その日の夕方。
比較的黎明館の平日はさして忙しくもなく、いつもより少し早めに仕事を終わらせることができた。明日明後日仕事が休みだと思うと何をしようかと浮足立つ。しかし、噂のせいで仲居の間では相変わらずそっけない態度をとられ、それがもとで集中力が削がれてしまうこともあった。
こんなことではいけないと、何度も気持ちを切り替えてきたが、その冷たい疎外感を拭いきることはできなかった。
私服に着替え終わって更衣室を出ていこうとしたその時、陽子が同僚とお喋りしながら部屋に入ってきた。
「お疲れ様です」
そういっても陽子はなにも返さず、代わりにぎろりと睨んできた。まるで卑しいものでも見下げるかのような視線がグサリと胸に突き刺さる。
「ねぇ、あんたってさぁ私と部屋の担当代わったのって、もしかして計算してたんじゃない?」
「え? 計算? どういうことですか?」
何の話をしているのだろうと、理解出来兼ねるといった様子に陽子は鼻で笑った。
「よくやるよねぇ、漆畑専務にセクハラされれば花城さんに助けてもらってヒロイン面できるって考えたんじゃないの?」
「な、なに言ってるんですか? それに私、漆畑さんが専務だって知らなかったし」
交代して嫌な思いをし、そのうえ妙な誤解までされてしまい、踏んだり蹴ったりだ。
「事務所のホワイトボードにマルタニからFAXされた参加者名簿が貼り出されてたでしょ?そこにちゃんと“専務”って書いてあったじゃない、ちゃんと見た?」
苛立ちを含んだ口調で厳しく言われ、思わず怯んでしまう。先輩に言い返してもいいことなんてない。そう思うと、美貴は口を噤んだ。それに、事務所にそんなFAXが貼り出されていたなんて知らなかった。
黎明館で用意されていた部屋割りしか確認していなかったことを思い出すと、美貴は自分の詰めの甘さに気づかされた。
比較的黎明館の平日はさして忙しくもなく、いつもより少し早めに仕事を終わらせることができた。明日明後日仕事が休みだと思うと何をしようかと浮足立つ。しかし、噂のせいで仲居の間では相変わらずそっけない態度をとられ、それがもとで集中力が削がれてしまうこともあった。
こんなことではいけないと、何度も気持ちを切り替えてきたが、その冷たい疎外感を拭いきることはできなかった。
私服に着替え終わって更衣室を出ていこうとしたその時、陽子が同僚とお喋りしながら部屋に入ってきた。
「お疲れ様です」
そういっても陽子はなにも返さず、代わりにぎろりと睨んできた。まるで卑しいものでも見下げるかのような視線がグサリと胸に突き刺さる。
「ねぇ、あんたってさぁ私と部屋の担当代わったのって、もしかして計算してたんじゃない?」
「え? 計算? どういうことですか?」
何の話をしているのだろうと、理解出来兼ねるといった様子に陽子は鼻で笑った。
「よくやるよねぇ、漆畑専務にセクハラされれば花城さんに助けてもらってヒロイン面できるって考えたんじゃないの?」
「な、なに言ってるんですか? それに私、漆畑さんが専務だって知らなかったし」
交代して嫌な思いをし、そのうえ妙な誤解までされてしまい、踏んだり蹴ったりだ。
「事務所のホワイトボードにマルタニからFAXされた参加者名簿が貼り出されてたでしょ?そこにちゃんと“専務”って書いてあったじゃない、ちゃんと見た?」
苛立ちを含んだ口調で厳しく言われ、思わず怯んでしまう。先輩に言い返してもいいことなんてない。そう思うと、美貴は口を噤んだ。それに、事務所にそんなFAXが貼り出されていたなんて知らなかった。
黎明館で用意されていた部屋割りしか確認していなかったことを思い出すと、美貴は自分の詰めの甘さに気づかされた。