まどわせないで
 車のなか?
 揺れて気持ちいい。
 それになんだか気分もいい。

 色んなことありすぎ。
 考えがついていかないよ。
 如月さんにキスされて、社長さんとはお見合い体験。とどめに美女の出現。
 あんな綺麗なひとに勝ち目ない。
 しかも如月さんのこと、りっくんって親しげに呼んでた。

「……りっくん」

 りっくんだって。
 なんだか可笑しくなってきた。
 俺様な如月さんが、りっくんて。可愛すぎ。
 社長さんからは、如月さんが欲しければ自分から動くな、みたいなこといわれたけど、受け身でいろ、ってこと?
 いままでだってわたしはずっと受け身だった。ううん、引っ張り回されてた、というのが正解か。
 そもそも1+1だって2じゃないの?
 それがわからないなんて。

「りっくん……バカだ」

「なんだと」

 陸は肩に乗る頭に鋭い視線を送る。

「………」

 反応がない。小麦は酔いが回り夢うつつのようだ。陸は諦めたように深くため息をつき、目を閉じてタクシーの後部座席で揺れに身を任せる。その肩には小麦の頭が乗っていた。
 いつまでも「如月さん」と他人行儀な小麦に「りっくん」と呼ばれてこそばゆいような不思議な気持ちに襲われ、くすりと笑いそうになったところで小麦にいわれた言葉を思い出して真顔に戻る。

 バカとはどういうことだ?
 俺は小麦になにかしたか?
 キス、か?
 キスしたからバカなのか?
 くそっ。
 答えが得られないまま、陸は悶々とした。
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