まどわせないで
「………」

 沈黙。
 どうしてなにもいわないのだろう?
 そもそもどうして、ラブホテルに連れてこられたの?
 男と女、ラブホテル。
 ときたら、やることは一つ……。
 ほぼ初対面なのに!? 確かに男として魅力的なひとではある。でも、わたし、まだこのひとのことよく知らないし、心の準備だって……!
 こんがらがった思考回路にパニックしている小麦に、陸がまたもう1歩近づいた。
 心臓が破裂しそう。こんなの耐えられない!

「あの、えと、ちょっとストップ!」

 小麦が両手を前に突きだす。
 陸の片方の眉がなんだ、とでもいうように持ちあがる。

「まだ無理だよ! だ、だって、心の準備が出来てない。それに、まだお互いのことよく知らないのに、こんな……こんなところで、そのアレ、するとか」

「なにいってる?」

「えっ……だって、アレをするために……」

「お前と?」

 フッと鼻で笑う。

「用があるのは、お前の後ろのテレビとリモコンだ」

 そういわれて、自分の後ろにあるテーブルのテレビとリモコンを振り返る。

「あ……なんだ。やだなぁ、だったら最初からそういってくれればいいのに」

 狭い通路を壁に張り付くようにして、陸に道を譲る。自分より大きな陸が通りすぎ、一瞬彼の影に入り、改めてこの人は大柄だと感じる。

「俺はAV見てるから、大麦は好きに時間潰してろ」

「は、はい」

 自分の勘違いが恥ずかしくて、素直に頷いたものの、慌てて顔をあげた。
 いまの如月さんの発言には、突っ込むところが2ヶ所もあった。
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