吸血鬼の翼
「篠崎…!」
それを後ろから見ていた佐々木が慌てる様に駆け寄った。
宙をさ迷っている気分なのだろう。
美月は焦点が定まらない瞳で何処かぼんやりと見ている。
「……逃げろ…」
「は?何訳の分かんねぇ事…」
「……効いてない…の?」
緩慢に振り返ったイクシスは呆然とした様子で佐々木を眺める。
この香の匂いは催眠効果のあるものに違いない。
しかも、強烈な匂いだと普通の人間ならば、忽ち睡魔に襲われるか、気が触れるかのどちらかなのだけれど。
イクシスは蒼い瞳に朦朧とした美月を映した。
あれではこの先、庇いながら進むなんて、とてもじゃないけど出来ない。
「……みづき……」
先程まで元気だった美月が今やその影を潜めて息も覚束ない様子だ。
イクシスはそんな美月の姿を見て愕然とする。
心臓がぎゅっと握り締められているみたいで苦しい。
確かに倒れている人を目の当たりにする事は気分が良くない。
だけど、イクシスが美月に抱いている苦しくて辛い気持ちはソレとは違うものだ。
―この感じはまるで怪我したルイノを見つけた時に似ていた。
今頃になって、彼女を危険に晒したくないという気持ちに気付いた。
後悔する暇がないのは分かっているイクシスは険しい表情を浮かべ佐々木に顎で元来た道を指し示す。
「……早く、みづきを連れて逃げろ…」
「は?どういう事だよ!?」
未だに状況が掴めずにいる佐々木は頭に疑問符を浮かべる。
「…いいから、…早く…出来るだけ遠くに…」
「ちょっ千秋はどうなるんだよ!?折角、此処まで…」
「……その子は必ず助けるから…行け!」
出会ってから初めて自分に怒鳴りつけ、緊迫感漂うイクシスを見て佐々木は思わず息を呑んだ。