吸血鬼の翼



「…だ…め、イ…クシ…」

朦朧とした意識の中で、美月はイクシスの名を紡いだ。
呼ばれたイクシスは相変わらずの無表情で美月を見やる。
此処で自分が気持ちを揺さぶられる訳にはいかない。
平静になろうとイクシスは努める。

「……ダイジョウブ…後は任せて…」

「……イクシ…ス…くん」

強烈な催眠に掛かっているのだが、美月はソレに抵抗しようと必死に呼び掛ける。

千秋の安否を確認するまでは此処で眠る訳にはいかない。

それにイクシス君だけに任せちゃ悪い。

美月は体の脱力感を払う様に立ち上がろうとする。
しかし、それは佐々木の腕によって遮られてしまう。

「無理だ、篠崎…そんな体じゃこれ以上は」

「…ささ…はなし…」

佐々木は美月を抱き起こすとイクシスを真っ直ぐ茶色の瞳で見た。

悔しいが彼の言う事を聞くしかないと思った。

捻くれていそうな性格の持ち主だが、彼は嘘を吐く人じゃない。
理由や理屈じゃないけれど、そうだと思う。

美月を肩に担ぐ様にして持ち上げた佐々木はイクシスに背を向けて歩き始めた。

「……やだよ…もどっ…」

「篠崎、今はアイツに任せるしかねぇんだよ」

視界は霞んでいたけれど、佐々木が辛そうな表情をしている事が何となく分かった。
それを見ると美月は涙が溢れそうになる。
しかし、それは狡いと思った美月は鈍くなった体で必死に我慢した。




しかし、やはり力が入らない所為なのか美月の瞳から幾度の涙が零れ落ちた。
その滴は床に点々と残し、来た道標となっていく。

佐々木は美月が泣いている事に気付いて居ながらも、どうする事も出来ずにただ引き返す足を早めるばかり。

「篠崎、此処から出られたら…俺もっかいアイツんトコ行って来る」

「……なら、わ、たしも」

「駄目だ、そんな体じゃ」

確かに今の美月は催眠に掛かっている為に体が弛緩して動ける状態ではない。
しかし、気持ちだけは早く千秋を助けたくて仕方がないのだ。この葛藤を自分の中で繰り返し、美月は拙い口調で喋り出す。

「……わかっ…た…でも、これが、なおったら…わたし…もいくから」

「ああ、そうだな」

未だに力の入らない声と体を奮い立たせる美月を見た佐々木は静かに微笑む。



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