吸血鬼の翼


「イルは渡さんで…はよ、消えろや」

冷たく言い退けたラゼキの低い声は普段と違いどこか恐怖を思わせる。

彼じゃないみたい…

そんなラゼキに怯え、どうする事も出来ない美月は黙ってただ傍観するしかなかった。

一方のイルトは呆然として朱い瞳は何も映されていない様に感じられる。

クラウは小さく嘲笑すると無気力なイルトに向かって口を開こうとした。
しかし、それを察知したラゼキが片手で阻む。

「……余計な話やったら、ナシにしてもらいたいんやけどなぁ。」

「フン、貴様に用はない」

淡泊に返すクラウを見たラゼキは静かに瞼を閉じ、再び息を吸うと手に拳を作ってイルトの方に向いた。

ドカッ!!!

「…ッ!!?」

一瞬、何をしているのかわからなかった。

冷静にみるとラゼキはイルトの鳩尾を目掛けて一発殴り付けている。

その様子を見ていたクラウは眉を顰め顔を曇らせた。

刹那にイルトは目を見開いたが、その後は全身から力が抜けてラゼキの元へと倒れ込んだ。

そしてラゼキはイルトを抱えて、クラウの方に振り向き、厳しい視線を送る。

「イルがこれじゃ…、話も出来へんな」

「…チッ」

ラゼキが冷たく言い放つとクラウは吐き捨てる様に口を開き、更に続ける。

「……今度、会う時はこんな事じゃ済まさないからな」

無機質な言葉は聞こえたが、そこにはもうクラウの姿はなかった。

何処へ消えたのか、もう誰にも分からない。

「こんな筈やなかったんやけどな」

ラゼキはそう呟くとイルトを優しく抱えながら天を仰いだ。
それにつられる様に美月も上を向く。

気がつくと雨は止んで、雲の隙間からは青く澄み渡った空の色が現れていた。

美月は気付かれない様に横目でチラリとラゼキを見た。

いつもの彼だ…

ラゼキの緩む表情を見て美月はホッと胸を撫で下ろした。

だが、その後に彼が寂しそうな面持ちをしていたことを見逃さなかった。


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