吸血鬼の翼


“異世界”の事はこの世界─キュルアス─の魔術師なら、一度は耳にする言葉。

それと同時に、禁忌という事も周知の事実。

─何故、それが“禁忌”であるかをルイノから聞いた事がある。

何人(なんぴと)たりとも、その神聖な領域を侵してはならない。歪めてはならない。
つまり、世界を越える事は神を冒涜する行為なのだ。

そして、魔術も非常に危険なもので、実例も極めて少なく成功に至るまでにいかないと魔法書には記述されている。
それに、ルイノからその魔術には手を触れるなとキツく言われている。

─だが、万が一、術を使わずして次元を渡り、訪れるのなら話は別。
それは神の導きなんだと飲み込める様だ。
更には何らかの使命を持って現れたのだと人々は“その者”を崇拝するのだという。
正に紙一重な扱いなのだ。

恐らく、イクシスの言っている事は後者なのだと何となく読み取ったが、現実では在って欲しくないとラゼキは思う。

この世界にその“誰か”が訪れ崇拝されようが、自分の生きてきた事を知る人は誰もいない。
いくら神の思し召しであっても…きっと、虚しいだけだから。


「イク坊、今日は泊まってくんか?」

沈黙と今の状況から目を逸らしたくて、別の話題にすり替えた。逃げている様で嫌だったが、兎に角、今はそんな話を避けたかった。

「ん~…、アイツ居るんでしょ。」

「相変わらず、イルが苦手なんか。」

苦笑しながら、ラゼキはイクシスの頭を手の平で無造作に撫でつける。

その対応がイクシスの不満を買い、自分を撫でるラゼキの手を払い退けた。

「…間違えないで、苦手じゃなくてキライなんだよ。」

「へいへい、そういう所がガキゆうんや。イク坊。」

「煩いな。」

憎まれ口を叩いても、ラゼキより年下の少年はイルトと同様、弟みたいな存在で嫌えない。
それにこの少年、イクシスはルイノの遠い親戚にあたるらしい。
ルイノに面影や雰囲気が似ている事から、不思議と毒気を抜かれてしまうのだ。

イクシスは幼くして、両親を亡くし、親戚中を回りながらこのシンパースにやって来た。
現在、一緒に暮らしているのは血の繋がらない他人の家。


皆、優しく世話好きな人達ばかりで恵まれて良かったと思いはする。
しかし、ルイノの親戚なのだから、この丘の家に来ればいいのにとラゼキは心の中で呟いた。


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