横顔の君
「お待たせしました。
あ、もうこんな時間ですね。
そろそろ帰りましょうか。」

「……そうですね。」

私の一番嫌いな時間がやって来た。
これから照之さんはきっとこう言う。


「ちょっと買い物してから帰ります。」


そして、私から離れて行く…



「じゃあ、行きましょうか。」

「……え?」



意外にも照之さんはいつもとは違う行動に出た。
私から離れずに、一緒に駅の改札を通ったのだ。



「吉村さん、疲れませんでしたか?」

「い、いえ、そんなには…」



しかも、電車でも私の隣に座った。



どうして?
どうして、今日に限って離れて行かないんだろう?
私にはその訳がわからなかった。



「僕ね…」

「え?」

「以前、彼女に言われたことがあるんです。」

突然発せられた『彼女』という言葉にちりりと胸が痛んだ。



「何を…ですか?」

「一緒に歩くのが恥ずかしいって…」

「え?」

「若い頃だったので、けっこうショックだったんですよ。
だから、会うのはいつもお互いの家で…彼女はそれほどダサい僕と歩くのを見られたくなかったんですよね。
そのうち、彼女が服を買って来てくれたんですが、それは僕が嫌いなものばかりでした。
センスのない僕が言えることじゃないかもしれないけど、僕にも好きな物や嫌いなものくらいはあるんです。
だから、こういうのは着られないって断ったら、それ以来自然消滅で…
それもショックだったんですよ。
彼女は、僕の内面を好きだったわけじゃなかったんだなって…」

「そ、そんなことが……」

その時、私の頭にひらめくものがあった。



「あ、あの…それじゃあ、今まで最寄駅から一緒に出掛けなかったのは…」

照之さんは小さく頷いた。



「はい、吉村さんのご家族やご近所の方に、僕と一緒のところを見られたら、吉村さんが恥ずかしい想いをされるんじゃないかと思いまして…」

やっぱり…
照之さんは、そんなことを考えてたんだ…



「まさか、私、そんなこと考えたこともありません。」

私がそう言うと、照之さんは微笑んだ。



「あなたは本当に優しい方だ。」

長い睫が影を差す真っ直ぐな瞳に、私は恥ずかしくなって思わず俯いた。
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