ヒーローに恋をして
 ベッドの上にふわりと落ちた手を、ひと回り大きな手が握りしめた。横たわる桃子に覆いかぶさる男の表情を捉える前に、何度目かわからないキスを繰り返す。

「俺のものだ」

 キスの合間に、たしかめるように囁かれる。素肌が重なって、香水の匂いが甘く体に絡みつく。

 抱き合うって、すごい。

 朦朧とした頭で、そんなことを思う。
 隙間なくくっ付いてぐちゃぐちゃになって、すごく動物的なのに、愛しさがどんどん膨らんでいく。

 見つめ合う目が歓びを湛えている。幸せそうな、誇らしげな。覚えのある、この表情。

 ももちゃんは僕のヒーローなんだよ

 嬉しそうに言った、年下の幼なじみ。何度も思い出した笑顔が今、目の前にある。目の端が熱く潤んだ。
「――こうちゃん」
 コウの中にいる男の子に語りかけるように、そっと囁く。

「桃子?」
 コウが少し不思議そうな顔で、桃子の頬を撫でる。鼻先に香る甘い香りが自分にも移ればいいと、掌を鼻先に擦りつけた。

 どうしてコウのヒーローになりたかったのか。
 どうしてコウの言葉に、あんなに傷ついたのか。
 幼い桃子が放ったボールを、十二年も経って今、ようやく受け取った気がした。

 好きだったんだ。
 あの子が、私の初恋だったんだ。

「コウ」

 このひとは俺のものなんだよ、ずっと昔から

 青葉にそう言ったコウを思い出す。

 そう。私はこの人のもの。そして。

 このひとは、私のものだ。
 ずっとずっと、昔から。 
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