航空路
「まず手始めにどこに行く? ここにはいないようだし、下の階か?」
 言った秀喜はトランプの一枚を引くと、絵柄を確認して笑う。
「すっげ! ジョーカー! 確率凄くないか? 十三かける四で五十二分の一か……」
 引いたのがよりにもよってジョーカーとは――縁起が悪いと感じたが、敢えて言わないことにした。
「確率二十七分の一だよ。ジョーカーと予備のジョーカーの数が入ってない」
 不意に背後から声がかかる。
 見るとアイマスクを額に上げた状態で、眼鏡を取った工藤がいつの間にか立っていた。
「エコノミークラス症候群の予防のために、僕も行こうかな……」
 ついてくるか? と訊くより先に工藤は眼鏡を掛けて準備する。
 呆れつつ僕は工藤から視線をはずす。すると、隣にいた笹田と目が合った。
 近い場所にいた笹田は、話の一部始終が聞こえていただろう。興味深そうに見る目は、私もついて行っていいと訴えているようだ。
「ねえ、あまり立つなって先生、言ってたよ」
 そう思ったが、僕の勘違いだったようだ。笹田は僕たちを心配してくれたのである。
「その『タトツ』がいないじゃんか。俺たちの勝手――」
 だろ。と秀喜がつけ足す前に、笹田が席を立った。
 僕たち男子一同は、優良生徒、笹田の行動に一瞬言葉を失う。
「じゃあ、その『タトツ』に文句言いに行こうか。私、スチュワーデスになりたいから、社会科見学も兼ねて……」
 ちなみに秀喜と笹田が言う『タトツ』は担任のあだ名である。
 担任が自己紹介の時に、横書きで『外川貴司』と書いたのがことの始まりだった。
 名字の『外川』の文字が汚くてカタカナで『タ』『ト』『ツ』に見えたため、ひとりが面白がって言いはじめたのが切っ掛けだ。そのひとりというのが行方不明中の宮本であるのだが。
 隣に座る山口に「ついてくる?」と笹田は訊いたが、山口は、「私は遠慮する」と答えた。顔色が優れないところを見ると、彼女も寝不足らしい。乗り気ではない仲間の山口に相反して、笹田はノリノリのようだ。大きく伸びをすると、指を行く先に示して合図をする。
 ――かくして、まるで戦隊物のような五人組が結成された。五人揃って席を立った僕等を見る、クラスメイトたちの視線が妙に気になった。
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