契約結婚の終わらせかた
(最近伊織さんは出張が多いな)
朝方にそう思いつつ廊下を歩いてると、玄関付近の暗闇で影が動いてて。以前とまったく同じとため息が出た。
近づいてみれば、案の定伊織さんが太郎と花子にエサをあげてましたよ。
「いつの間に帰ってたんですか? 予定では夕方のはずでしたよね」
「……まあな」
ダイニングテーブルの椅子に腰かけた伊織さんは、れんげを動かしながら雑炊を口にする。
今朝の伊織さんのメニューは、野菜たっぷりの鮭雑炊、だし巻き卵、キクイモの漬物、果物が少々入ったプリン。
これも温泉旅行の成果で、とろとろに煮たご飯なら食べられるようだ。
「お代わりはいります?」
「いや、いい」
伊織さんはプリンを食べ終えた後、何だか落ち着きなくダイニングを出ようとする。
「しばらく寝る。葛西が来たら起こしてくれ」
あくびこそしなかったものの、伊織さんの目はトロンとしてずいぶん眠そうに見えた。
(徹夜でもしたのかな……)
伊織さんの器を片付けようとして気づいた。
微かにだけど、残り香がする。
これは……伊織さんが好むシトラス系じゃない。フローラルな女性もの。
朝帰り。上の空が多い眠そうな伊織さん。多い泊まりの出張。珍しく便箋を熱心に見てた彼。
ドキン、と心臓が嫌な音を立てる。
(まさか……ううん、そうだったとしても……私には何も言えない)
ぶるぶる、と頭を振って器を手に持つ。
あと何度、こうして彼とご飯を食べられるんだろう。
3ヶ月先に決まっている別れの瞬間を、私は既に恐れてた。