契約結婚の終わらせかた
その日の夜。伊織さんは出張で帰って来ないから、お風呂にゆっくり浸かりながらため息を着いた。
温泉に入った経験がよかったのか、伊織さんは最近バスタイムに凝ってる。カラスの行水だった入浴も、浴槽に張ったお湯に入浴剤を入れてゆっくり入ってる。
少しずつ、伊織さんが人並みに楽しむことを憶えているのが嬉しい。
(私も何とか5kg痩せたし……)
ダイエットを続けたお陰か、65kgあった体重がこの半年で60kgを切るまでになってる。お肌の手入れも頑張ってるし、少しは見られるようになってたらいいけど。
(でも、きっと……伊織さんにとっては無意味なんだろうな)
私が多少痩せようが、太ろうが。オシャレしようが。伊織さんが気づくとは思えないけれど。
(でも、自分のために頑張る。すぐに忘れられたとしても、伊織さんの記憶に少しでも綺麗に残りたい)
パタパタと化粧水を肌に馴染ませながら思う。
やっぱり、こう思うのは伊織さんに恋をしたから……かな?
お肌の手入れを終えた後、鏡に写る自分を眺める。代わり映えしないと思うけれど、パタパタと軽く叩きながら思う。
今日現れた伊織さんの親族と名乗る若い男性は、大学生なのかな?ずいぶんチャラい格好をしてて、真面目に生きてるとは言い難く見えた。
まったく公にされていないのに、私が伊織さんの妻と知っていた。
葵和子さんは過去が伊織さんを苦しめると恐れていた。そんな事態が起きつつあるの?
夏祭りで彼が取ってくれた黒猫のぬいぐるみを抱きしめながら、押し寄せてくる不安と戦った。