彼に惚れてはいけません
「今だから言えることがたくさんあるよ。僕から見て、吉野さんはもう一生誰も信じられないと思っていたし、今みたいに笑うこともなかった」
「まぁ、そうですね。仕事も休んだりしてましたし、毎日ここに来てましたね」
私の知らない過去がたくさんあってまだまだ私は吉野和也を理解していないのかもしれない。
時間はかかるかもしれないけど、心の傷を消していければ、と思う。
「寂しいけど、ここに来るよりも由衣ちゃんのところに帰る方がいい」
「はは、そうですけど、時々ふたりで遊びに来ます」
「そうしてくれると僕達も嬉しいよ。今日は、とっておきの料理をごちそうしよう」
マスターはそう言って、私達を奥のBOX席に案内してくれた。
そして、最初にこの店に来た時に食べたアボカドとエビのサラダを出してくれた。
半熟卵が好きな私はこの半熟卵のトロトロに感激したっけ。
「懐かしいです!」
「そうだろう。あの日のことは僕もハッキリ覚えてるんですよ」
とマスターは目を細めた。
「吉野さんが仕事で遅れるからって、僕にこのサラダを彼女に出しておいてくれと電話してきたんだったよな。あの時、大切な人なんだろうなと思ったよ」
吉野さんは照れ臭そうに笑って、エビを食べた。
「ここで、結婚パーティーをさせてもらえたらと思ってるんです。数人しか呼ばない小さなパーティー」
「ほほう、うちの店でやってくれるのか?それは嬉しい。ぜひ、僕も出席したい」
「当たり前じゃないですか!」
ビールを持ってきた奥さんが、マスターを見て笑った。理想の夫婦だなと、改めて思う。
いろんなことがあったんだろう。
ケンカもしただろうし、いつも仲良しではなかったかもしれない。
でも、こうして同じ空気を醸し出す似た者夫婦になっていて、素敵だなって。