彼に惚れてはいけません

全部わかる。

吉野さんの優しさ。

私のため。

私がセクハラされていたことも見ていたはず。

だけど、そこで怒鳴り込むのは、違う。

冷静に判断して、社長を持ち上げて、機嫌を損ねないように私を守ってくれた。

私の契約もうまく行くように。


「さっきのレンタルの書類、もう書いておこうか」

岡田社長はそう言い、タクシーの中で必要事項を書いて、レンタル契約が成立した。

「ありがとうございます」

「また改めて、バーには誘うよ。今日は、タクシーで送るから帰っていいよ」

岡田社長は、会社の近くまで行くとタクシーから降りた。

昼間感じた、優しい普通の社長の顔をしていた。



「じゃ、俺達も降りる?」

私はコクンと頷いた。

「運転手さん、さっきはありがとう。次の信号の先で降ります」

運転手さんが振り返り、吉野さんと顔を見合わせた。

「吉野さん、もう少し遅かったらこの子、お持ち帰りされちゃうとこだったよ」

運転手さんはそう言って、私を見た。


< 70 / 180 >

この作品をシェア

pagetop