彼に惚れてはいけません

「弥生さん、若いのに息子さんがいるんだね」

「そう。4歳だったかな。去年離婚してひとりで頑張ってるんだよ。だから、社長も子連れ出勤を認めてあげてて、保育園が休みの時だけ連れてくる」

消えかかった弥生さんは、ものすごい存在感で私の脳内に戻ってくる。

離婚・・・・・・してたのか。

去年ってことは、離婚の前後に相談に乗ってあげたりしたんじゃない?
だって、吉野さんってそういうタイプ。

話したくなるもん。

足を組み、椅子の背もたれに体重をかけて、首を傾けて私を見つめている。

目を細めると、その姿は洋画に出てくる俳優さんのようだった。

「何?由衣、目悪いの?」

目を細めて、吉野さんを見ていた私は、ハッとして我に返る。

私はショックなことがあるとすぐに、心がフランスへ飛んでしまう癖がある。

今も、吉野さんをフランス男性に重ねて、現実逃避していた。

「何、もしかして、弥生と何かあるとか思ってる?」

心を読まれているのかもしれない。

嘘はつけないし、誤魔化すこともできない。


「弥生って呼んでるし、何かあるのかなって実は思ってた」

と私が言うと、ブブっと音を立てて笑った吉野さんは、口元についたコーヒーを拭いた。

「あぁ、それ!弥生って苗字だから。弥生百合子!」

「そうなの?名前だと思った。私のこともすぐに下の名前で呼んだし、プレイボーイだなって」

安心した後に、訪れるこの気持ち。

なんと美しい聡明な名前。
弥生百合子。

やよいなの?
ゆりなの?と突っ込みたくなる華々しい名前。

きっと内面も美しい人なんだろうなぁ、とため息をつく。



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