御曹司さまの言いなりなんてっ!

 またも、私の名前を“ちゃん付け”。

 そして孫ふたりには脇目も振らず、いそいそと私の元へ接近して、まるで親しい友人にでも再会したようなハシャいだ態度をとる。

 私の右手は会長の手にギュッと握りしめられ、なんと、手の甲にキスまでされてしまった!


「とても会いたかったよ! 成実ちゃん!」

「…………」

「いやあ、実に可愛い! 本当に君は可愛らしいねえ! んー、ちゅっちゅっ!」

「…………」


 もう、なんと答えればいいのか、分からない。

 この特異な状況にどういった反応を示すのが社会人女性として適当なのか、判断がつかない。

 フリーズした状態で目を丸くしている私を見ながら、会長は手を握ったままイスに腰掛ける。


「さあ、成実ちゃんも座って座って。あ、皆も座って」


 そう言ってもらえても、私をはじめ専務も部長もみんな、オブジェのようにずっと突っ立ったまま。

 どうやら彼らの痛い表情から察するに、いま彼らの目が見ている光景は……。


『妻に先立たれて久しい大金持ちの老人と、その老人を手玉にとった財産狙いの女の図』


 明らかにそう誤解されているのを感じ取った私は、あんまりのことに軽い眩暈がした。


「これ直哉、直一郎。はやく座りなさい。お前たちがそうやって立ったままだから、他の皆が座れないんだよ」


 ……いえ。座れない理由は専務でも部長でもなく、あなたです。

 そういう全員分の心のツッコミが聞こえる中、なんとか専務が口火を切った。
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