御曹司さまの言いなりなんてっ!

 …………。

 いや、それは言い逃れだ。

 私は薄々、こうなることを知っていたんだと思う。


 古風な躾を受けて厳しく育てられたタキが、内縁とはいえ夫である私に刃向うことなど出来ないことを。

 店はすでに私の物なのだから、タキも母親も口出しするのは不可能なことを。

 ふたりを庇ってくれるような身内は、戦争で皆、いなくなってしまっていることを。

 そして籍を入れていない以上、どう足掻いても私とタキは所詮、他人でしかないことを。

 だからふたりはもう、どうすることもできなくて。


 土地と屋敷以外は身ぐるみ剥がされたタキと母親はそれらを売って、先祖代々住み続けた村から忽然と姿を消した。

 とても村にはいられなかったんだろう。

 無理もない。そんな、生き恥をさらすようなこと。


 私もすぐに店の拠点を都会に移し、村を出た。

 そして妻の実家の援助を受けて、どんどん会社を大きくしていった。

 それからずっと私は自分の望み通り勝ち続け、誰にも手出しされないほど強大な楽園を築き上げたんだ。


 その代償として心の奥に、永遠に消えない傷を刻み付けて。


 ……何十年もの間ずっとずっとずっと、自分で自分を責め続けた。

 私がこの手でタキの人生を滅茶苦茶にしてしまったんだ。

 人として許されないことをした事実からは、どうしたって逃げられやしない。罪悪感は消えるどころか年を追うごとに心を苛んでいく。

 夜ごとの悪夢にうなされ、飛び起き、ひたすらに苦悩する。


 タキは今頃どうしているだろう? 頼る者もいない見知らぬ土地で、どんな辛酸を舐めて生きていることだろう?

 私はそれを知るべきだ。でも知るのが恐ろしい。

 もう、この世を去ったろうか? ならばどれほど悔恨にこの胸を焼いたところで、すでに償うすべは無い。

 ああ、タキ。タキ。タキ……。

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