御曹司さまの言いなりなんてっ!

 専務は倒れたまま、小さな子どものように顔をクシャクシャにして泣いた。

 なりふり構わず泣き喚く弟の姿を、部長は唖然として見つめている。

 会長はそんな孫同士の諍いなど目に入ってもいないように、畳に額をつけたまま肩を震わせ嗚咽し続けていた。


 いつの間にか周囲は、騒ぎに駆けつけた大勢の仲居さん達に取り囲まれている。

 みんな固唾を飲んで、この異常事態に声を無くしてしまっていた。

 部屋には大人数が集まっているのに、そうとは思えないほど場の空気は静かに張りつめている。

 なんだか、テレビの画面を通して作り物の世界を見ているような気がした。

 上品で高級な和室の造りも、人も、空気も、目の前の全てがまるで他人行儀に思える。


 ……ああ、修羅場だわ。

 刃物こそ無いものの、これって松の廊下トラウマに匹敵するレベルの修羅場よ。

 やっぱり上司と恋愛関係になんかなるもんじゃない。


 静寂と泣き声の混じり合う不思議な空間の中で、私は男三人を眺めながらそんな風に妙に落ち着き払っていた。

 なんだかもう、たくさんの衝撃的な事実が重なり過ぎて、感情の許容範囲のメーターを振り切ってしまったみたい。


 私の足元にうずくまる会長の髪の毛は雪のように真っ白で、畳の上に置かれた手には小さな染みがたくさん目立っている。

 写真の頃の、あんなに若く美形を誇った人がこんなに老いてしまうほど、長い間罪の意識を抱えていたのね。


 そして声を上げて泣く専務の姿は、本当に幼い子どものようだ。

 たぶん、彼の心はまだ幼いままなんだろう。

 彼なりにずっと抱え続けていた重荷に心が押し潰されてしまって、成長する余裕がなかったんだ。

 父親も、母親も、誰もそんな物は与えてくれなかった。


 そして…………。

 部長…………。
< 202 / 254 >

この作品をシェア

pagetop