御曹司さまの言いなりなんてっ!
私は、力無く立ち尽くす彼の姿を改めて見つめた。
そこにいるのは覇気こそ失われているものの、いつもの見慣れた彼だ。
でも私は生まれて初めて、本当の彼の姿を見たような気がした。
『俺に必要なのはお前自身だ』
『お前はイヴだ。この世界で特別な、唯一の女さ』
『お前はずっと俺のそばにいろ』
彼が私に囁いてくれた、どこか謎めいた言葉に隠された真意を思う。
私は会長に無残に捨てられた、哀れな女の孫娘。それこそが私の持つ価値であり、部長が自分の身を守るための切り札だった。
彼の芝居じみた態度と言葉は、それを暗に示していたんだ。
いっぱいになった盃の口から零れる水のように、静かな悲しみと虚しさが胸に込み上げてくる。
でも現実感が薄いおかげで、取り乱さずにいられることが救いだった。
私には分かる。部長は決して悪人じゃない。
彼の生い立ちも、それによる辛い立場も、追い詰められた心情も、私は理解している。
とてもよく理解している。
けれど私は…………。
「会長」
私はしゃがみ込んで、畳に突っ伏したままの会長の肩にそっと手を触れた。
真っ白な頭がビクッと動き、弾かれるように私を見上げる。
裁きが下されるのを粛々と待つ怯えたその表情に、私は問いかけた。
「私の希望をなんでも叶えてくれるって仰いましたよね? それは本当ですか?」
「も、もちろん本当だとも」
「じゃあ、この場で約束して下さい。会長のお力で部長の立場をずっと安泰にしてくださると」
「…………」
「会長が築いたあの楽園にしか部長の居場所は無いんです。どうかそれを奪わないであげて下さい」
「……それで成実ちゃんはいいのかね?」
「はい。他にはなにも望みませんから」
「わかった。私が責任をもって直哉の立場を守ると約束するよ」