御曹司さまの言いなりなんてっ!

 部長はもちろんだけど、社長も、社長夫人も、専務の姿もない。

 ただひとり、誕生パーティーの時に控え室にいた初老の付添人さんが、ポツンとベッド横のイスに座っていた。

 俯きながらハンカチを自分の目に押し当てて、何度も何度も涙を拭っている。

 私達が病室に入ってきたのに気がついて立ち上がった彼に、牧村さんが声をかけた。


「田川さん、遠山さんを連れてきました。できれば会長とふたりきりにして差し上げたいのですが」

「はい。分かりました」


 付添人さんは真っ赤に泣き腫らした目で私を見て、感謝の意を込めるように丁寧に頭を下げ、退室していく。

 牧村さんも瑞穂も静かに病室から出て行って、私は会長とふたりきりになった。

 ベッド横の計器の機械音だけが静まり返った室内に響き、不安感を掻き立てる。

 私はゆっくりとベッドに近づき、付添人さんが座っていたイスに腰掛けながら会長の顔を覗き込んだ。


 眠っている。

 腕には点滴の針が刺さり、胸はコードで計器に繋がれている痛ましい姿だけど、会長は静かに眠っていた。

 どうしよう。せっかく訪ねて来たけれど、休んでいる病人を叩き起こして良いものかしら。

 でもこのまま顔を眺めていても意味がないし。

 そんな風に迷っているうちに、気配を感じ取ったのかポカリと会長の両目が開いてこっちを見た。

 ドキッと緊張する私に会長は優しく微笑み、囁いた。
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