御曹司さまの言いなりなんてっ!

「やあ、どうしたの?」

「…………」

 どうしたの? と聞かれても、なんと答えればいいものやら。

 答えあぐねる私に、また会長が話しかけてくる。


「お父さんの看病はいいの?」

「え……?」

「お店の方は心配しないでいいから、タキはお父さんの看病を頑張って」


 私は目を見開いた。

 タキ? ……会長、ひょっとして私のことをおばあちゃんだと思ってる?

 きっと高熱のせいで、入り婿になった当時の記憶と現在が混濁してしまっているんだ。

 横たわって私を見上げる会長の声は小さくて、息を吐くのも苦しそうだけど、それでもニコニコと幸せそうに笑ってる。

 本当に会長は今、幸せなんだろう。

 彼にとってはまだ、この先一生後悔することになる罪を犯していないんだから。

 
「タキ、ちゃんと看病の合間に休んでるかい? 食事してる? そうだ、いいものがあるよ」


 点滴の針が刺さった細い腕がゴソゴソと動き出し、私は慌てて会長の視線の先を追った。

 ベッド脇のサイドテーブルの上に、赤い林檎がひとつ。

 私はそれを手に持ち、会長の目の前に差し出した。


「これですか?」

「うん、今年最初の夏林檎だ。タキ、覚えてるかい? 私達の大切な思い出を」

「大切な思い出?」

「なんだ忘れちゃったのか? ほら、あの空襲の時だよ」


 枕の上で首を傾げ、会長は私を見つめながら小さな声で話し続けた。
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