御曹司さまの言いなりなんてっ!
私は感謝の言葉も言わずに黙って林檎を受け取って、無意識に齧った。
―― シャリッ……
果肉を齧った感触の心地良さが歯に沁みる。
頭のてっぺんまでジーンと痺れるような爽やかな香りが、煤けた空気に侵された鼻腔を突き抜けた。
昨日から何も食べていない舌に感じる甘みと酸味の、例えようもない鮮烈さ。
無我夢中で私は林檎に齧り付いた。
爆音と轟音に晒された耳に、シャリシャリと瑞々しい音が聞こえる。
母と姉の死臭を嗅いだ鼻に、甘さと酸っぱさと清々しい香りが満ちる。
妹の名を叫び続けて枯れたノドを、果肉が潤す。
この世の地獄を見た両目に、命が萌えるような、赤く美しい林檎が見える。
「うっ、うぅっ……」
私は、泣いた。
林檎を齧りながら泣いた。
泣いても齧った。ひたすら齧り続けた。
そして自分の命がここにあることを、実感し続けた。
薄汚れた袖でゴシゴシ目を拭いたら、涙の向こうに女の子の姿が見える。
地獄の果てに出会った救い主は、私に向かって可愛らしい笑顔を見せてくれていた。