御曹司さまの言いなりなんてっ!

 そう言って孫に手招きをするこの人が、一之瀬 秀雄(いちのせ ひでお)氏。

 敗戦後の貧困と混乱に満ちた日本で一之瀬商事の土台を作り上げ、強固なものにした傑物だ。


 もう80才になるはずだけど、見ればずいぶん若々しいこと。

 髪は真っ白だけどフサフサと豊かだし、顔の皺は深くても肌の血色は良い。

 表情そのものがしっかりしていて、目の輝きも強くて、老いても人を惹きつける何かを感じさせる。

 勢いみたいなものが、まだ失われていないんだわ。ふん、さすがはカリスマ。


 私は牧村さんの陰に隠れるようにして、会長をこっそり観察していた。

 立派な人物に見えるけど、この人も結局は、社長夫人の継子イジメを見て見ぬふりをしているのよね。

 現役を退いたとはいえ、この人の立場なら発言力も影響力もあるだろうに、何の手立ても講じずに夫人にやりたい放題させているのなら、社長と同罪だわ。

 
「……おや? そちらのお嬢さんは?」


 隠していたつもりだったけれど、視線に敵意がこもっていたんだろう。

 それを敏感に感じ取ったのか、会長とバッチリ目が合ってしまった。

 私はとっさに平静を装ったけれど、責めるような顔をしていたのを見られてしまった気がする。

 初対面の若い娘にガンつけられる覚えなんて無い会長は、とても不思議そうな表情で私を見つめていた。
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