強引上司の恋の手ほどき
「ほら草履脱いで、入ろうぜ」

私に声をかけるまえに、課長はすでに草履を脱いで浴衣をまくりあげていた。私の反応などお構いなしにタオルを広げるとそこに座ってそのまま足を湯につけた。

「あ〜気持ちいいぞ。ほら、お前も早くしろよ」

「はい」

いつもの仕事中の癖で「早くしろ」と言われたら「はい」と答えてしまう。恐ろしい習性だ。

そして返事をした私は、課長と同じように草履を脱いで、足をつけようとした。

「タオル一枚しかないから、ここな」

課長直ぐ隣をポンポンと叩かれた。

近い……けど、タオルのうえに座らないと濡れちゃうしな。

他の選択肢がない。私はなるべく距離をとってタオルの上に腰をおろした。

湯は結構高めの温度だったが、とても気持ちがいい。私は「はぁ」と大きく呼吸をした。

しばらく会話もなく、お互い無言で過ごしていた。

お互いが動くたびに、湯が揺れた。その感覚が伝わってきて、ひとりじゃないことを実感する。

ふと、最後にみた中村くんの顔がおもいだされて思わず私は膝に置いていた手をギュッと握った。

それに気がついた課長がやっと口を開いた。
< 108 / 222 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop