ウソ夫婦
扉が開き、廊下へ引っ張りだされる。
「おい、靴ぐらい履けよ」
男が面倒臭そうに言った。
あすかは、ベッドの下に投げ出されている靴を、かかとを踏んではいた。
廊下には、蛍光灯が灯る。使われなくなった病院のようだ。両側に、同じような個室が並んでいる。
突き当たりを左に曲がると、両開きのドアがついている。そこを入ると、再びまっすぐの廊下。右手の扉を開けると、広い研究スペースがあった。
正面に大きく開かれた窓。銀杏も葉を落とし始めている。
垂直に実験用の机が三列に並び、ビーカーやフラスコ、たくさんの薬品が置かれていた。
そして、中央列の机に腰をかけていた女が「おはよう」と声をかけた。
あすかは、女を見ようともしない。扉のところに立ち、自分の汚れた靴に目を落とした。
「座らせて」
女が男に言うと、あすかは女の目の前の丸椅子に、強引に座らされる。
女の組んだ膝が、目の前にある。あすかは目をそらした。
「ねえ、あんた」
女の声が頭の上から降ってくる。タバコをくわえ、ライターで火をつける音がした。
苦くて甘い、タバコの香り。あすかは顔をあからさまにしかめる。
「もう、三ヶ月経ったのよね。いい加減、思い出してくれないと困るわ」
女が言った。