Verbal Promise(口約束)~プロポーズは突然に~
 シャワーを浴び、支度を済ませ永瀬が部屋に戻ってきた時には二人分の朝食の用意はできていた。結局、いつも言われる通り作っちゃうんだよなー……。
 ご飯に味噌汁、魚があったから焼いて、卵焼きを作っただけのシンプルなもの。
 味噌汁を注いでいると「お。もう出来てる?さすが」と言いながら私の横を通り過ぎる。ふわりと香るいい匂い。永瀬の隣にいると時々香るいい匂いが、香水ではなく整髪料だったのだということをはじめて知る朝。

「いただきまーす」

 右利きで綺麗な箸使い。永瀬は魚を綺麗に食べるのが上手だから、苦手な私はあまり永瀬の前で魚は食べたくないなと改めて思う朝。

「片付けはお願いね!」

 ご飯を食べ終わる頃には家に帰って準備をしなければ間に合わない時間になっていた。シャワーだって浴びたいし。
 食器をシンクに片付け、慌てて部屋を出ようとすると思わぬ形で足止めをくらった。
 玄関先で突然背後から拘束されるように抱きしめられた。

「ちょっと!? とっ……突然なにするの!?」
「お礼言ってないなと思って」
「だからってなぜ抱きつく! 離れろ~!」

 風呂上がりだからかほかほかとして全身から漂ういい匂いに包まれて、お風呂に入っていない自分としては微妙な気分、むしろ嫌で、腕の中から逃げ窓ように必死に抵抗を見せる。
 そんな私を無視して、耳元で「ありがと」と囁かれると一気に身体が熱くなる。

「礼はなにがいい?」
「……な、なっ」
「この間出来なかったキスにしようか?」

 それのどこが礼なんだ!? 頭では思い切り反論できるのに今のこの密着した状態が邪魔して思うように声が出ない。
 鏡を見なくても、今自分が耳まで赤くなっているのが分かって、いてもたってもいられなくなって力を振り絞って腕の中から逃げ出した。
 そのまま、振り返ることなく逃げるようにしてその場を走り去った。
 自宅までの短い距離を走るとさらに心拍数が上がって顔の火照りは一層酷くなった。
 はじめて知ったんだ。
 身体が大きいわけじゃない永瀬の腕の中が、自分をすっぽりと包んでしまう程広くて大きかったということを。

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