恋する時間を私に下さい
駅前の居酒屋から、その人は出てきました。
見たこともない男性と、親しげに肩を組んで。


「…リリィちゃん……」

名前を呼ばれ、足がすくみました。
もしかしたら、軽く震えてたかもしれません。


「…コ……コウヤさん……」


茶色に染めてた髪を黒に戻してた。
短めにカットされてた髪の毛も、少しだけ長くなってた。

声が出せなくなりました。
あの日の記憶が蘇って、ゾクゾクとした恐怖心みたいなものが浮かんできて……


コウヤさんは、肩を組んでた人に知り合いだから…と断り、離れました。
一緒にいた男性は、どこか礼生さんに似てる感じがした。


「…こんな時間にどこ行くの?危ないよ」


一番危険な人が笑いました。
私は震えて、それを隠そうと慌てて口元を手で押さえた。
コウヤさんから目が逸らせなかったのは、そっちの方が返って怖い…と思ったから。

コウヤさんの方も、私から目を逸らそうとしなかった。
やはりまだ、礼生さんのことが好きなんだな…という雰囲気が漂ってた。


「……僕のこと……訴えなくて良かったの……?」

コウヤさんが聞いてきました。
傷害罪で訴えようと思えばできたことを、私は自分から拒否した。
たとえ、間違ったことをしたんだとしても、それにはきちんと理由があったから……。


「コ……コウヤさんを訴えたら……礼生さんが………」

名前を出して、しまった…と思った。
ピクッと眉を上げるコウヤさんの表情を確かめてから、続きを話した。
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